

昭和32年。小学二年生の昭広少年は、広島で母秀子と暮らしていたが、居酒屋を営む 秀子の邪魔になると佐賀の祖母に預けられることになった。
そして昭広は、事前に何も知らされず佐賀に連れてこられた。そこには、がばいばあ ちゃん・おサノがいた。
「ばあちゃん腹減った」「気のせいや」
−−−がばい貧乏な、おサノばあちゃん。
「拾うものはあっても、捨てるものはないと」
と道を歩くときは腰から磁石を引きずって鉄くずを拾い。
「二股の大根も、切って煮込めば一緒。まがったキュウリも、きざんで塩でもんだら同じこと」
と野菜は裏の川に流れてくるものを拾うという貧乏ぶり。しかし困った人には施しをするなど、明るく、たくましく生きる、正義と倹約の人だったのだ。
「貧乏には二通りある。暗い貧乏と明るい貧乏。うちは明るい貧乏だからよか。それも、最近貧乏になったと違うから、心配せんでもよか。自信を持ちなさい。うちは、先祖代々貧乏だから」
と励ます? ばあちゃんのもとで昭広の元気な小学生生活が始まった。

名古屋から全国へ!
今回の”がばい”の舞台を観て、漫才もそうだけど、やっぱり「生」じゃないと伝わらないものがあると改めて思った。
テレビや映画では絶対表現できないものが舞台にはあり、観ている人がここまで入りこめるのも、目の前で演じられる舞台ならではです。
この公演は、親子三代で楽しめる劇として、シリーズ化させていかなくてはいけないものでしょう。今回演れなかったエピソードもまだまだあります。そして、名古屋の方だけでなく、舞台となった広島・佐賀はもちろん、全国の方々に観てもらえるようになったら最高です。
(島田洋七)








